楽器は音楽で表現するうえで大切な相棒であると同時に高価な芸術品です。
ホルンはとてもデリケートな楽器ですから、日々のメンテナンスが欠かせません。(最終更新 2010.6.8)
−メンテナンスガイド(日常編)−
楽器は毎日手入れをしてあげれば長持ちします。一方で長い間触れられずに放置された楽器は速く劣化します。また、不適切・乱暴な扱いを受けた楽器はすぐにダメになってしまいます。しかし残念なことに、日常的な最低限の楽器のメンテナンスの方法すら知らない人が多いのが現状です。よく知られている方法が、実は楽器に深刻なダメージを与えるものであることがあります。また、アマチュアのWebサイトで公開されている情報の中には楽器に取り返しがつかないダメージを与えてしまう内容が公開されています。
学生さんや社会人の楽器の扱い方をみてみると、なかなか「間違っていない」扱い方、「間違っていない」メンテナンスをしているケースは残念ながら稀(まれ)です。よく聞く「先輩から教わった」というメンテナンス方法は、まず間違った方法であると思っていていいと思います。
そうした取り扱いをしないためには、楽器のオーナーである使用者自身が、自分の楽器を正しく取り扱うために、最低限の知識を身に付ける必要があります。「ホルンの森」では、そのための情報を公開してお手伝いします。
以下では楽器を吹いた後にやっておくべき日常的な手入れを紹介します。内容は管理人が楽器製作・修理工房でプロのリペアマンの指導を受けながら学んだ内容をまとめ、最終的に監修を得ています。
楽器を取り扱い、メンテナンスをする上では、やってはいけないことがいくつかあります。
【ロータリーを外さずに楽器をまるごと水に漬ける】
【ロータリーを外さずに水通しする】
まず、水に本体を漬けるのであれば、その前にロータリーを分解して取り出す必要があります。ロータリーの中に水を通してはいけない理由は、ロータリー内部の空洞に水を入れないためです。
ロータリー内部には普段から水は入り込みますが、毎日使っていれば動作と同時に水は抜けていきます。しかし社会人プレーヤーのように楽器を動かさない時間が圧倒的に多い場合には、残った水分が真鍮が酸化する共に錆による腐食を進行させてしまいまい、発生した錆がロータリーが固着する原因になります。そのために、なるべくロータリーにオイルが充満している状態を維持することが大切です。オイルによって水分の入り込みを防ぐことで、腐食を抑えることができます。
管の内部のクリーニングは、日常的な手入れとして中性洗剤を使ってマウスパイプをフレキシブルクリーナーですすぐ程度で十分でしょう。ただし、それはメインチューニング管を抜いたうえでフレキシブルクリーナーなどを使い、丁寧にやりましょう。それから、最近よく見かけるスワブは、マウスパイプにダメージを与えかねないので個人的にオススメできません。また息圧で飛ばすスポンジも、楽器内部にハマってしまう可能性があるので、トランペットやトロンボーンのような直管の楽器には効果的でも、ホルンのような楽器には適してないと思います。
まず最初。ケースを開けたら、出し入れの際はぶつけてしまいやすいので、取出しには充分な注意を払います。楽器の出し入れは、気が緩んでいるために楽器に凹みを作りやすいのです。余談ですが「本番直前にメンテナンスするな」と言われるのは、出し入れやオイルを注しているときに楽器をぶつけたり、落としてしまったり(!)する人が多いからです。
また、中途半端な手入れを行うと、どこかに溜まっていたホコリなどのゴミが妙なところに入り込んでロータリーが動かなくなってしまうケースもあります。ですから、日常的なメンテナンスを行ったうえで、本番が無事に終わってからじっくり楽器をいたわってあげましょう。
ロータリーの裏側です。軸の部分に「ヘットマン14番」のような粘度の高いオイルを使います。別にホルトンオイルのようにサラサラなものでも全く構いません。 ロータリーの磨耗の程度によってオイルの粘度を使い分けると良いでしょう。
この楽器(キューンW293)はご覧の通り軸の部分が一段引っ込んだデザインになっています。このような場合はヘットマンのように細い注射器状のノズルがあるものを使う必要があります。
使用したオイルは「ホルトン ロータリーオイル」「ヘットマン 12番」です。下に紹介してあります。
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ロータリーキャップを外し、軸にロータリーオイルを1滴(中央の軸にこんもり盛るくらい)程度を注します。注すと言うよりは、静かに垂らしてオイルの山を作るというイメージです。そうしたらすぐにキャップを閉めないで、しばらく放置します。
最近のアレキサンダー、リコキューン、ヤマハなどは、軸の中心に孔が開けられていて、ロータリー内部を通じて側面にオイルが届くように工夫されているモデルもあります。そのようなモデルならば、さらに確実です。
固まった状態で無理してロータリーを回すと、何とか重いながらも回転することもあります(「ザリザリッ」と言いながら!)。これは一時的には復帰したように見えますが、何かが擦れているような音は、内部に発生している錆や入り込んでいるゴミがそれだけロータリーをキズつけている音です。
そのまま使用していると、ロータリーはキズだらけになってしまい、機密性が低下して音程も悪化し、さらなる深刻な固着を招いてしまうことがあります。こうなってしまうと、もうプロの力でもどうにもならない状態になってしまいます。早めの正しいメンテナンスを行うか、修理工房に依頼しましょう。ロータリーのメンテナンス、洗浄の相場は工房にもよりますが、通常はロータリー1個当たり3000円〜5000円です。状態が深刻で時間がかかれば、それだけ費用がかかるようになります。日ごろからのメンテナンスが余計な出費を抑えます。
ここでモデルに使ったのは、リコ・キューンW293です。この楽器はラッカーがかかっていないいわゆる「ノーラッカー」のモデルです。楽器の表面がラッカーによって守られていないので、指紋や汗などが付着したところからすぐに変色していってしまいます。なので、使用後は帰宅してから濡らして絞った布で拭くことにしています。
最近の楽器はほとんどがラッカー処理されています。楽器が完成したらバフで研磨して輝きを出すのですが、それでピカピカになったところでラッカーをかけます。これによってラッカーが剥げない限りは基本的にはピカピカなままです。
※羽布研磨:羽布のホイールを高速回転させて研磨する方法
ラッカー楽器の表面の手入れは簡単です。ヤマハが販売している「ラッカーポリッシュ」をガーゼなどに付けて楽器を拭き、渇いたところで別の綺麗な布(クリーニングクロスなど)で丁寧に拭きます。月に1度もやっていれば、ラッカーの劣化は最低限に抑えることができるでしょう。手や服などでこすれてラッカーが剥げてくるとそこから金属が酸化して変色していきますが、その時は諦めるか、マニキュアを塗るという方法があります。まぁ、いつまでもピカピカよりは、ある程度使いこなしたら変色してたほうが貫禄が出ますけどね!
ラッカー処理のされていないノーラッカーの楽器は、文字通りラッカーがかかっていないので真鍮の地肌が剥き出しです。ノーラッカーの楽器は、ラッカーによって保護されていないため、ほっておくとどんどんと色が変わっていきます。ただしちゃんと手入れをしていくと美しい酸化皮膜ができ、虹色に輝いて美しい状態になります。
しかし、一方で知らずに侵食が激しいタイプの錆が発生して楽器を痛めてしまいやすいのも事実です。そうなってしまったら、サビを還元させるか、研磨して錆を金属表面ごと削り取る必要があります。真鍮に発生した錆の還元にはお酢が使えます。また、研磨するにはピカールやYAMAHA「メタルポリッシュ」、ハガティなどの研磨剤を使うと鏡面仕上げできます。これらを使って研磨すると、新品時のような輝きが取り戻せます。ただし、当然ですが研磨すればするほど金属は薄くなります。最悪の場合は穴が開いてしまうこともあるため、やりすぎには注意しましょう。自己責任でお願いします。
参考までに。表面磨き前 磨き後(下の写真と同一です)
ノーラッカーの楽器は、金属が酸素と結びついてすぐに酸化して変色してしまいます。そこに水分が加わると楽器にとって良くないタイプの酸化が進みます。そこで、塩分を含む汗や水抜き時のしぶきなどを取り除いてからケースにしまうことが大切です。
具体的には、洗面所や樹脂製のオケの中に中性洗剤を泡立てたぬるま湯を用意し、中性洗剤の溶液を含ませた布で拭きます。溶液をそのままかけてゴシゴシと擦ってもOKです。次に、水を含ませて次に硬く絞った布で拭き、洗剤を完全に落とします。水滴が残らないように拭き取ったら、十分に乾燥させてからケースに仕舞います。OA機器用のエアブラシを使うと細かい所まで水分を吹き飛ばすことができて便利です。
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マウスパイプは一番汚れが溜まりやすい場所です。食べかすやホコリなどが蓄積してヘドロ状になって溜まっていることが多くあります。そこで、「フレキシブルクリーナー」などを使ってマウスパイプを掃除しましょう。
メインチューニング管を抜き、あらかじめぬるま湯をマウスパイプに通しておくと汚れは取れやすくなります。また、中性洗剤の溶液を通しても良いでしょう。その後で、フレキシブルクリーナーの細い方をマウスピースを差す方から差し込みます。そのまま、チューニング管のスライドの方まで通していきます。そうすると、マウスパイプ内部の汚れと共にフレキシブルクリーナーの先端が飛び出してきます。これを何度か繰り返してください。
最後に、もう一度中性洗剤の溶液を通してからお湯を通し、管の内部から汚れと洗剤を全て洗い流せたら終了です。
私が使ったオイルです。左が「ヘットマン」、右が「ホルトン ロータリーオイル」です。最近は(2012年5月時点)、
・ロータリー用オイルには、ヘットマン「11番」「12番」(楽器の古さによって変える)
・スライドにはシルキーの固形グリス、ヘットマンのスライドジェル(P7)
を使用しています。
(注)スライドグリースに「セルマー」の赤い液体状のグリスを使っている人をよく見かけます。セルマーのグリスはもともとサックスなど木管楽器のコルク用、または分解が容易なピストン楽器のためのグリスです。ロータリー楽器のチューニングスライドに使うと、滑らかなグリスが簡単にロータリー内部に流れ込み、動きを鈍くさせてしまう原因となることがあります。使用を否定するつもりはありませんが、個人的にはあまりオススメしたいグリスではありません。お好みでどうぞ。
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